プラセボ効果は、「気のせい」ではありません。
安心すること。
期待すること。
「この人なら話を聞いてくれそうだ」と思えること。
そんな一見つかみどころのないものが、痛みの感じ方や身体の反応に影響することがあります。
だから私は、施術の技術と同じくらい、患者さんが「ちゃんとわかってもらえた」と感じられることを大切にしています。
……という、わりと真面目な話を患者さんとしていました。
信じる心は大切です
先日の施術中、プラセボ効果の話になりました。
私はこんな説明をしました。
「薬や治療の効果を調べるときには、実際の治療を受けた人と、偽薬や偽の治療を受けた人を比べることがあります。でも、その偽薬の側でも症状が良くなることがあるんです」
ここまでは普通です。
「だから、信じるとか安心するとか、そういうものも身体に影響するんですよ」
ここも、まだ大丈夫でした。
問題はそのあとです。
「ということで、信じる心が大切です。次回までに賽銭箱を用意しておきます。お布施もウェルカムですよ!」
患者さんが笑いました。
調子に乗りました。
「今なら特別に、霊験あらたかな、痛みが軽くなる石もお譲りします。ちょっと待ってください。今から外に行って拾ってきますから」
叱られました。
当然です。
ただ、石はともかく、その前に話していたことは冗談ではありません。
プラセボは「何も起きていない」わけではない
プラセボというと、
「本人が効いたと思い込んでいるだけ」
という意味に受け取られることがあります。
でも、どうもそれほど単純ではありません。
古くから有名なのが、1978年に報告された研究です。
親知らずを抜いたあとの患者さんで、偽薬によって痛みが軽くなった人に、体内の鎮痛の仕組みを邪魔するナロキソンという薬を使うと、鎮痛効果が弱まりました。
つまり、偽薬を飲んだからといって「何も起きていなかった」のではなく、身体にもともと備わっている鎮痛の仕組みが働いていた可能性があります。
人間の身体というのは、なかなか面白いものです。
試験では、プラセボの効果は「引き算」されている
薬や治療の効果は、治療を受けた群と、偽薬を受けた群を比べて、明らかな差が出たときに「有意差あり」と判定されます。
つまり、試験の結論は「プラセボを上回った分」だけを見ています。
偽薬の側で起きた改善は、比べるための土台として引き算され、結果の表からは見えなくなります。
「偽」という言葉の響きもあって、プラセボは「何も起きないもの」と思われがちです。
でも実際には、小さくありません。
手技や運動などの痛みの治療をまとめた解析では、治療効果のうち約4割を、プラセボ反応が占めていました。
条件によっては、もっと大きいこともあり得ます。少なくとも、「ゼロ」ではありません。
ここで、大事なことを先に書いておきます。
薬がプラセボを上回った。それは、偽薬では説明できない効果が、その薬にあるということです。
だから、この試験をクリアした薬の有効性は、明らかです。これは大前提です。
そのうえで、この仕組みには、見えにくい点がもう一つあります。
「有意差がある」ことと、「上乗せが大きい」ことは、別の話だということです。
たとえば、偽薬の群で4割の人が良くなり、本物の薬の群で4割5分の人が良くなったとします。
差は5ポイントです。でも、各群が1,500人ほどいれば、計算上、この差は「有意差あり」と判定されます。
薬の効果は、確かにある。ただ、その上乗せ分は、土台のプラセボ反応と比べると、小さいこともあります。
たとえば、抗うつ薬のFDA提出データをまとめた解析では、薬と偽薬の差は全体として小さく、臨床的に意味のある差が出たのは、最も重い層の患者さんだけだった、と報告されています。
薬に意味がない、と言いたいわけではありません。
むしろ逆で、偽薬という厳しい比較に勝った薬は、確かに効いています。
ただ、その手前にある、プラセボ反応という土台は、思っているより大きいかもしれません。
それは薬でも、施術でも、同じ人の身体に起きていることです。
「これは偽薬です」と言っても変化する
さらに面白い研究があります。
2010年、過敏性腸症候群の患者さん80人を対象に、
「これは偽薬です。薬効成分は入っていません」
とはっきり説明したうえで偽薬を飲んでもらった研究があります。
それでも、何も飲まなかった人たちより症状が改善しました。
2016年には慢性腰痛でも似た研究が行われています。
こちらも、偽薬であることを隠していません。
それでも通常の治療だけを受けた人たちに比べて、痛みや生活上の支障が軽くなりました。
もちろん、小規模で短期間の研究です。
これだけを見て、
「偽薬で腰痛が治ります」
などと言うことはできません。
ただ、少なくとも一つ興味深いことがあります。
人は、だまされなければプラセボ効果が起きないわけではない。
診察を受けること。
説明を聞くこと。
自分の状態を理解すること。
「良くなるかもしれない」と思えること。
そうした治療を取り巻くものそのものが、身体の反応に関わっているのかもしれません。
では、鍼はどうなのか
ここは私自身が鍼灸師なので、都合よく書かないようにしたいところです。
鍼の研究では、本物の鍼と「偽の鍼」を比べる試験が行われています。
ただし、ここで言う「偽の鍼」は、鍼を使わないわけではありません。
ツボを外した場所に、浅く刺す。そういう方法が多く使われています。
つまり、刺してはいるのです。偽薬の砂糖玉のような「完全に何も起きないもの」とは、少し違います。
2007年、ドイツで1,000人を超える慢性腰痛の患者さんを対象にした研究では、本物の鍼と偽の鍼のあいだには大きな差がありませんでした。
一方で、どちらも通常治療を受けた人たちより改善していました。
また、慢性痛について約2万人をまとめた2018年の解析では、鍼は偽の鍼よりも有意に優れていました。
ただ、その差は大きなものではありませんでした。
さて、これをどう考えるか。
鍼灸師としては、少々居心地の悪いデータでもあります。
ただ、この2018年の解析をまとめた研究者たちは、こう結論づけています。
鍼のあとの痛みの減少は、プラセボ効果だけでは説明できない。
また、偽の鍼に「刺すタイプ」を使った試験ほど、本物との差は小さく出ていた、とも報告されています。
そのうえで、ここで一つ、慎重に考えたいことがあります。
偽の鍼も、刺しているのです。
浅くでも、ツボを外していても、皮膚や筋に針の刺激は入ります。そこで身体に何らかの反応が起きている可能性は、否定できません。
だから、「本物と偽物で差が小さかった」という結果は、
「鍼の効果は気のせいだった」
という意味にはなりません。
同時に、「ツボに刺したから効いた」と言い切れる材料でもありません。
言えるのは、このくらいです。
鍼を受けることで痛みが軽くなったと感じる人はいる。
その中身を、「どこに刺したか」と「治療を取り巻く文脈」とに、きれいに切り分けることは、今の研究でもまだ難しい。
触れられること。
時間をとって話を聞いてもらうこと。
「ここが痛いんですね」と理解してもらうこと。
施術を受けるために時間を作り、「良くなろう」と行動すること。
こうした文脈も、刺激そのものも、両方が働いている可能性があります。
私は、それを「だから鍼には意味がない」とは考えていません。
理由は、いくつかあります。
一つは、鍼は刺し方で結果が変わる、ということです。
どこに、どの深さで、どんな刺激を、どのくらい与えるか。その与え方は、研究のプロトコルのように一律には決まりません。ツボの位置も、体調によってわずかに動くと言われています。決まった手順で刺した結果と、目の前の身体を見ながら刺した結果は、同じとは限りません。
もう一つは、私自身の臨床の実感です。
私の経験では、鍼によって明らかな変化が出ることが多いです。これは私個人の臨床での実感で、確信を持って使っています。
たとえば、徒手でさんざん試みても、まったく取れなかった痛みが、鍼を使った途端に、大きく、すぐに取れてしまう。そういう経験を、私は何度もしています。
理学療法士として手技を使い込んできたからこそ、「手で取れないものが、鍼で取れる」という場面の差は、はっきりわかります。
もちろん、すべての方にそうなるわけではありません。あくまで、私の臨床で何度も起きてきたことです。
ただ、施術者として、「なぜ効くのか」を知りたいという気持ちも強くあります。そして正直に言うと、その答えは、まだ確定的には持っていません。効くと感じていることと、なぜ効くかを説明できることは、別の話だと思っています。
そして三つ目は、鍼が「明らかな侵害刺激」だということです。
身体に針を刺す。これは、痛みや不快を与えうる行為です。
だから私は、効果が見込めないものを、使っていいとは思っていません。効果がなければ、使うべきではない。
そう考えているから、効果の有無は、自分の臨床で見続けています。
鍼刺激によって身体にさまざまな反応が起きることはわかっています。一方で、その仕組みや、臨床で起きていることのすべてを、現在の科学で説明できているわけでもありません。
私は昔から、
「まだ証明できていない」と「存在しない」は同じではない
と思っています。
ただし、それを理由に何でもありにしてしまうのも違います。
わからないことは、わからない。
わかっていることは、わかっている範囲で使う。
そのくらいが、医療に関わる人間としてちょうどいいのではないかと思っています。
「信じれば治る」と言いたいわけではありません
ここは、とても大事です。
プラセボ効果があるからといって、
何をしても同じ。
信じれば治る。
気持ちが弱いから治らない。
そんな話ではありません。
特に私は、
「信じれば治る」という言葉を患者さんに背負わせたくありません。
良くならなかったとき、
「あなたが信じなかったからです」
となったら、それは治療する側にとってあまりにも都合がよすぎます。
壊れているものは、気持ちだけでは元に戻りません。
医療機関で調べるべきものもあります。
私にできないこともあります。
できないものは「できません」と言う。
必要なら病院を勧める。
そのうえで、痛みというものには、組織や関節だけではなく、不安や緊張、安心感、これまでの経験など、いろいろなものが関わる。
私はそう考えています。
技術と信頼は、別々の仕事ではない
施術中、私はかなり冗談を言います。
半分は性格です。
もう半分には、ちょっとだけ理由があります。
人は緊張していると、本当のことをなかなか言いません。
少し笑って、構えが取れると、
「実はここも痛いんです」
「前の病院では言えなかったんですが」
「こんなことを言ったら変だと思われるかもしれませんが」
そんな話が出てくることがあります。
私は、そこをかなり大事にしています。
検査の数字だけを見ていても、わからないことがあります。
身体を触っていても、本人が話してくれなければ気づけないことがあります。
だから、ときどきふざけます。
格好よく見られることより、患者さんの肩の力が抜けるほうを選びます。
ただし、施術そのものをふざけているわけではありません。
そこだけは分けています。
長くこの仕事をしてきて、自分なりに積み上げてきたものがあります。
だからこそ、変に威厳を作らなくてもいいと思っています。
「この人になら、ちょっと言いにくいことでも話せる」
そう思ってもらえれば、それは診察や施術を進めるうえでも大きな情報になります。
そして、その安心感そのものが身体の反応にも関わっているかもしれません。
そう考えると、
技術を磨くことと、信頼してもらうことは、別々の仕事ではない。
私はそんなふうに思っています。
石は拾いません
最初の話に戻ります。
「信じる心は大切です」
これは患者さんに、
「私を信じてください」
と言いたいわけではありません。
むしろ逆です。
信じてもらえるだけの仕事をしなさい。
私自身に向けた言葉なのだと思います。
説明する。
話を聞く。
わからないことは、わからないと言う。
できないことは、できないと言う。
そして、できることはきちんとやる。
たぶん、信頼というのは、そういうものの積み重ねでしか作れません。
霊験あらたかな石は売りません。
外へ拾いにも行きません。
その代わり、話はちゃんと聞きます。
賽銭箱も、今のところ置く予定はありません。
参考文献
- Levine JD, Gordon NC, Fields HL. The mechanism of placebo analgesia. The Lancet. 1978. PubMed
- Kaptchuk TJ, et al. Placebos without deception: a randomized controlled trial in irritable bowel syndrome. PLoS ONE. 2010. PubMed
- Carvalho C, et al. Open-label placebo treatment in chronic low back pain. Pain. 2016. PubMed
- Haake M, et al. German Acupuncture Trials (GERAC) for chronic low back pain. Archives of Internal Medicine. 2007. PubMed
- Vickers AJ, et al. Acupuncture for chronic pain: update of an individual patient data meta-analysis. Journal of Pain. 2018. PubMed
- Hohenschurz-Schmidt D, et al. Placebo analgesia in physical and psychological interventions: systematic review and meta-analysis of three-armed trials. European Journal of Pain. 2024. PubMed
- Kirsch I, et al. Initial severity and antidepressant benefits: a meta-analysis of data submitted to the Food and Drug Administration. PLoS Medicine. 2008. PubMed
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の症状に対する治療効果を保証するものではありません。症状が続く場合や、強い症状がある場合は医療機関にご相談ください。

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